船本恵太人形アニメーション教室
クレイアニメーション教室
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教室開講にあたってのご挨拶
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◆代表挨拶◆
手を動かし、イメージを形づくることは、自分でも気付かない自分の内側にあるものを具体化する、最もシンプルな行為なのではないでしょうか?複雑化された社会の中で、ストレスを感じずに生活をすることはもうほとんど不可能だといって差し支えないでしょう。子供の頃に無心で粘土をこねたように、人形アニメーションやクレイアニメーションの創作で、もう一度自分を発見し、自分の個性を再確認してみませんか?共に創作の喜びを分かち合いましょう。2008年6月より、音のメルヘン屋を教室として、人形アニメーション教室・クレイアニメーション教室を開講します。
(代表取締役/船本すみ恵)
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◆「人形アニメーション教室」という日本初の試み パイオニア精神◆
日本全国には50件を超える「人形教室」が存在します。当社の「柴倉一二三球体関節人形教室」もその中の1つであり、常に40名を超える生徒を抱えています。姉妹教室である「柴倉一二三サーニット人形教室」は満員で入会受付停止中となっています。両教室を合わせれば50名を超える生徒数となり、全国でも指折りの大規模な教室へと成長することができました。
そうした中、私はふと思いました。
『しかしそれなのに、なぜ人形アニメーション教室は1件もないのだろう?』
近年の、人形アニメーションやアートアニメーションのムーブメントによって、少数ではありますがいくつかの美術大学でアートアニメーション教育が本格化しており、その中で、少なからず人形アニメーションを短期間学ぶ機会はあります。さらに、極少数ながらアートアニメーションの専門学校も誕生し、中には人形アニメーションを専攻することも可能な学校も開校されました。これらは、本当に極々近年の事柄です。
ですが、いわゆる「人形教室」に該当するような人形アニメーション・クレイアニメーションのお教室はまだ存在していません。
そこで、当スタジオが培った「柴倉一二三球体関節人形教室」と姉妹教室「柴倉一二三サーニット人形教室」のノウハウを活かし、音のメルヘン屋の創立者である故・三木宏のモットーである「パイオニア精神」を持って、日本初の試みとなる「人形アニメーション教室・クレイアニメーション教室」を開講することを決心しました。
(企画・プロデューサー・講師/船本恵太) |
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◆日本全国で50件を超える「人形教室」が存在するのはなぜか?◆
日本全国には50件をも超える「人形教室」が存在します。一体なぜでしょう?
それは、日本人が、古来より深く密接な人形文化を形成してきたことに由来するのでしょう。日本人は人形を嗜好する民族性を持っています。雛人形や傀儡となれば1000年の歴史があり、江戸時代には多くの人形文化が築き上げられました。人形浄瑠璃文楽や江戸からくり人形などなどです。
工芸ではない、創作人形(アーティストドール)が誕生したのは昭和初期のことです。江戸時代より続く伝統工芸生き人形師の家系に生まれその名を襲名した平田郷陽氏は、自らの作品を欲し創作人形の道を開拓しました。日本の創作人形の草分けの1人です。
1970年代初頭になると、アンダーグラウンドの世界から、先駆者四谷シモン氏らの手によって球体関節人形の分野が開拓されました。シュルレアリストハンス・ベルメール氏と澁澤龍彦氏の影響によって。
1990年代後半より今に至るまで、20〜30代の女性を中心に球体関節人形が1つのムーブメントになっていることは、ご存じの通りです。お隣韓国での人気は日本以上だともいいます。
現在では、アジアのみならず欧米にも飛び火し、アジアンBJD(ボール・ジョインテッド・ドールの略)として親しまれる世界的なムーブメントに成長しています。アメリカ最大規模のドールショー「IDEX」でアジアンBJDのワークショップが開催されるに至るほどに。
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◆なぜ?日本には人形アニメーション教室が存在しないのか?◆
なぜ?日本には人形アニメーション教室が存在しないのでしょう?美術大学での教育や専門学校さえ近年にはじまったばかりです。
創作人形や伝統工芸としての人形に対して、人形アニメーションが日本で誕生したのは、わずか52年前のことであり、単純にいっても歴史の長さが違いますし、日本に根付く古来からの文化ではないからでしょう。
そもそも、皆様は人形アニメーションがいつどこで誕生したのかを、ご存じですか?
今から97年前の1911年に、ロシアのラディスラフ・スタレービチ氏が制作した「麗しのリュカニダ」が世界初の人形アニメであると、言われています。まだ、セル画を使ったアニメーションが誕生する前の話しです。(なお、アニメーションそのものが誕生したのは102年前の1906年のことです。)
これに対し、日本初の人形アニメーションはいつ誕生したのかと言いますと、それから45年も後の1956年のことでした。日本初のアニメ誕生が1917年のことですから、いかに日本の人形アニメが他ジャンル(影絵やセル画)のアニメよりも遅れたスタートだったかお分かりいただけると思います。
日本初の人形アニメ作品は、持永只仁氏が監督し、川本喜八郎氏が人形を制作した、アサヒビールPR映画「ビールむかしむかし」です。持永氏が、川本氏に関節の入った人形の作り方と動かし方を教えました。偉大なる世界の川本喜八郎氏が、まだ、チェコへ渡りトルンカ氏に弟子入りするよりも以前の話です。
フランスのアヌシーで、地元のおばあちゃんが「日本人で好きなアニメーション作家は、川本喜八郎よ。」そのように語っていたことが強く印象に残っています。
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◆なぜ今の時代に人形アニメが日本の20〜30代女性に人気なのか?◆
なぜ今の時代に人形アニメ・クレイアニメが日本の20〜30代女性に人気なのか?
今、人形アニメーション・クレイアニメーションは『観る時代から創る時代へ』と変貌を遂げようとしています。これもまた時代の変化、時代の流れです。
第1回吉祥寺アニメーション映画祭開催記念吉祥寺アニメワンダーランド2005特別追加企画「日本の立体アニメーション特集 CUBE 9 FROM JAPAN」等の企画・ディレクションを経て、20〜30代の女性を中心に、多くの方々が人形アニメーション・クレイアニメーションに興味を持たられているということを知り驚きました。イベント会場において、自らも人形アニメーション・クレイアニメーションを制作してみたいとう声も少なくありませんでした。
そして、今春に高円寺書林にて開催したクレイアニメワークショップは満員で参加できなかったという声も多かったほどの盛況で、参加者は1名を除いて全てが女性、やはり20〜30代が中心でした。
1911年に、ロシアのスタレーヴィチが、世界初の人形アニメーション「麗しのリュカニダ」を制作してから97年の歳月が流れ、CGIを駆使したアニメーション全盛の今、時代が人形アニメやクレイアニメを要求していることにも、とても不思議さを感じます。私が6年前よりプロデュースしております柴倉一二三球体関節人形教室も、生徒さんの多くが20〜30代の女性で、不思議な共通性を感じています。皆様、決して懐古趣味というわけではなく、そこには多様性が生じています。共通するキーワードは「人形」です。
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